鏡草(かがみぐさ)
何かの話題について話すとき、日本人の美意識として、直接ずばりと言わずにオブラートに包むとか、柔らかい言い方にする、というのはあると思います。
例えば、十二ヶ月の月には全て異名があります。「弥生」「水無月」「師走」などは有名ですね。でも異名はいくつあってもいいようで、例えば今月は7月ですが、7月の一般的な異名は「文月(ふみづき)」です。(月の異名は旧暦の時からあるので、今の暦ではだいたい8月を指しています。)稲の穂が実る月ということから「穂含月(ほふみづき)」と呼ばれ、それが「ふみづき」になったと言われています。
「穂含月」「文月」以外の7月の異名としては、
七夕があることから「相月」「七夕月」「七夜月」「愛逢月(めであいづき)」「文披月(ふみひらきづき)」、
盂蘭盆会(うらぼんえ)でご先祖様をお迎えする行事があることから「親月」などもあります。
暑い最中、秋の気配を朝晩に感じたのか、月が涼しげに見えたのか、「涼月」とも呼ばれます。
そして、植物の名前が付いたものもあります。「女郎花月(おみなえしづき)」、「桐月(とうげつ)」「蘭月(らんげつ)」など。(植物の名前は諸説あり、桐の花が咲くのは5月〜6月なので、ここでいう桐は6月〜7月に開花する青桐ではないか。または花のことではなく桐の葉が落ちる音が秋を感じさせるから桐月と呼ばれたのではないか。蘭の花は現在の蘭ではなく、藤袴(フジバカマ)を指しているのではないか、など)
月だけでなく、植物にも異名がありますし、和菓子の銘にも異名を使うことはとてもよくあります。
例えば和菓子のモチーフとしてよく用いられる「萩」。初秋の花として知られ、小さな花が揺れたり、こぼれるように散るさまが愛されてきました。(萩の花が散る様を「散りこぼれる」と表現するそうです。日本語って、風流〜!)
(2016年、暖冬の京都にて。12月まで萩が咲いていて、椿の絵と一緒に飾られていました。何だか不思議!)
萩の異名はこぼれ花。
なので和菓子の銘も、こぼれ花やこぼれ萩などがよく用いられ、単に花の名前をそのまま使うということはあまりないように思います。
少し包んで言うのが粋というか、、和菓子を買う側にとっても、そのものずばりの名前ではなく少しの余白を持たせることによって、イメージを膨らませて遊ぶことができます。
それでは「鏡草(かがみぐさ)」というのは何の植物のことか、ご存知でしょうか?
下の写真の和菓子の名が、まさに「鏡草」といいます。
そう、朝顔です。
鏡草は季節によって違う?
和菓子の世界では鏡草といえば、ちょうどこの時期に和菓子屋でよく見られる、朝顔をモチーフにしたお菓子を思い浮かべる方も多いと思います。でも実は、朝顔は「秋の鏡草」と呼ばれています。ということは夏や冬の鏡草もあるのか、気になりますよね。
春の鏡草は、大根。
昔、宮中のお正月に鏡餅の上に輪切りの大根を置いて、それを鏡草と呼んでいたそうです。
冬の鏡草は、松。
どの辺が鏡?ちょっと謎ですが、常緑の葉が人々によって神秘だったのではないでしょうか。
他にも鏡草は、山吹(ヤマブキ)、ウキクサ、カタバミ、ビャクレン、カガイモ、イチヤクソウなどの異名、別称とも言われます。
ちなみに「夏の鏡草」はないようです。朝顔は歌の世界では秋の花になるので、夏ではなく秋の鏡草、と言われているんですね。
鏡は、古来から祭器として珍重され、権力の象徴や権力者の宝とされていました。丸いもの、(光を)照らすもの、(邪気を)跳ね返すもの、曇りのないもの、美しいものなどを表す言葉としても用いられました。日本神話にも三種の神器が出てきますが、そのひとつは「八咫鏡(やたのかがみ)」と呼ばれる円形の銅鏡でした。
また、鏡の語源は「カカ(蛇の古語)の目」という説もあるようで、鏡草と呼ばれる植物に蔓植物が多いのも、蔓が巻き上がっていく様子を蛇に例えていたのかもしれません。
形が丸いから、葉っぱが艶々と光っているから、蔓が蛇に似ているからなど、植物によって、鏡草と呼ばれるようになった所以はそれぞれなようで、それもまた面白いですね。日本文化は割とファジーな部分が多いですよね。笑