和食の世界でも、避けて通れない、千利休。
2013年に、和食はユネスコ無形文化遺産に登録され、海外の方の認知度も上がり、日本でも改めて見直されていますね。
最近は旅行客もぐっと減りましたが、わたしが以前働いていた料亭や旅館でも海外の方が本当に多かったです。
畳に裸足やスリッパで入ってしまう方も多かったですが、中には素足にローファーでいらして、案内した部屋に入る前に、靴を脱いで、持ってきていた靴下を取り出して履かれた、粋なイタリア人のお客様もいました。日本人でもなかなかできないことですよね。
そしてびっくりしたのは、みなさん意外とお箸が上手なこと!
お客様ももちろんでしょうが、わたしたち仲居もカルチャーショックの連続でした。笑
さて、日本の家庭料理から料亭の会席料理まで、どのラインまでを和食と呼ぶのでしょうか?
ユネスコに申請登録した「和食」の特徴は、次の4つです。
- 多様で新鮮な食材とその持ち味の尊重
- 栄養バランスに優れた健康的な食生活
- 自然の美しさや季節の移ろいの表現
- 正月などの年中行事との密接な関わり
和食の具体的な料理やメニューではなく「日本人の伝統的な食文化」として「和食文化」が登録認定された、ということなんですね。
何だか誇らしい気持ちにもなりますが、実はユネスコ条約の本来の意図は「危機に瀕している文化を登録・保護すること」。つまり、登録されたということは、日本から和食という伝統的な食文化が消えつつある、という事なんです。
これは、ちょっと見逃せません。わたしたち日本人も、もう一度日本の食文化を考える必要がありそうです。
今回は、仲居として日本料理の世界に触れてきた中で知ったちょっとしたお話を紹介します。
(コロナの影響で仲居職を離れてしまっているので、自分の備忘録のためにも。。。)
日本文化を語るには外すことのできない千利休、もちろん和食の世界にも大きな影響を与えています。
懐石料理は茶懐石のこと?
茶席で出される料理、茶懐石。
この基礎を作ったのは千利休と言われています。
料亭で出される懐石料理は、茶道の茶事でいただく「茶懐石」と同じだと思っている方もいるかもしれません。
確かに料亭の部屋は基本的に和室が多く、床の間があったり、茶室をイメージしたしつらえをしていることも多いです。実際に茶室があったり、茶事をするために場所を貸している料亭もあるし、混同する方も多いのではないでしょうか。
でも、懐石料理は会席料理の仲間で、茶懐石とは別物です。
(料理の分類的には懐石料理といえば茶懐石のことを指す場合もありますが、お茶の世界では懐石料理とは呼びません。料亭で懐石料理とうたっている場合も、多くは茶懐石のことではありません)
会席料理は、武家の正式なもてなし料理である本膳料理が簡略化したもので、本膳料理は一度に全部の料理が出てきます。会席料理も、その流れを汲み、一度にすべての料理を出すのが本来の形だったと思われます。
実は料亭で「懐石料理」と言われる場合、多くは「茶懐石のように一品ずつ出される会席料理」のことを指します。「喰い切り」「喰切料理」とも呼ばれます。
(「喰切料理」の由来も諸説ありますが、本膳料理は食べる料理よりも「見る」料理が多く、手をつけずに持ち帰る膳も決まっていました。その流れからか、会席料理も持ち帰ることを考慮し、味付けも濃いものが多かったのではないでしょうか。「喰い切り」はその名の通り、食い切れる物を、食い切れる量で出すということで、持ち帰り前提の料理とは味付けも盛り付けも全く違う物だったでしょう。関西から始まったと聞きますが、茶の湯が関西だというのももちろん関係あると思います。現在の日本料理界でも、確かに関西の方が食材そのものの味を活かし、関東は仕事が細かい印象です。)
上の写真は茶懐石で一番初めに出される折敷です。(ご飯と汁碗の蓋を外したところ。)
ご飯と汁、向付(お刺身など)の三つの器が載っています。
お茶はやっていないけど、料亭などで懐石料理を食べたことがある、という方にはちょっと違和感を感じますよね?
だって料亭ではまず先付が出て、お椀やお造り、煮物碗、焼き物が出てからご飯と汁が出されます。
茶懐石は、いきなりご飯と汁?と思われる方もいるかも知れませんね。
料亭でいただく懐石料理といえば、はじめはちょっとした一品(先付)や、下の写真のように少しずつ盛り合わせた先八寸から、というのが多いですね。
茶懐石と懐石(会席)料理は目的が違うので、料理を出す順番や形式が違ってきます。
- 茶懐石…
精進料理がルーツ。お茶を楽しむための料理。
お椀の蓋を取り皿にしたり、向付の器に後から出てくる料理を取り分けたりして、極力無駄を省いている。 - 懐石(会席)料理…
本膳料理がルーツ。お酒を楽しむための料理。
目でも楽しめるように料理ごとに凝った器で提供される。(夏はガラスを使ったり、季節に合った絵柄のものを使うなど)
(個人的には、茶懐石は精進料理だけでなく本膳料理の影響も大いに受けていると思います。本膳料理もご飯と汁が最初から出てくるし、最後は湯漬けにしたご飯と香の物、その後にお菓子とお抹茶をいただきます。そもそも茶懐石は魚も肉も使うから精進料理ではないし、利休さんのお客様も本膳料理を食べ慣れている戦国武将が多かったでしょうし。茶懐石は精進料理の精神を受け継ぎ、形式は本膳料理をベースにアレンジしたんじゃないかと思います。となると、
会席料理→本膳料理から
喰切料理→本膳料理〜茶懐石から、
と言ってもいいような気がします。でもそうなると、懐石料理(喰切料理)と茶懐石は別物とは言えなくなるんですよねえ。「京都通百科事典」のサイトでも、懐石料理は茶懐石が発展したもの、と書いてあるし。会席料理の枝分かれという説が主流だけど、解釈によっていかようにも取れるってことかなあ。。)
…さて、気を取り直して、簡単に茶事の流れを。
〈茶事の流れと茶懐石〉
茶事というのはいろんなパターンがあるけれど、基本的には
炭手前→茶懐石→濃茶→薄茶
という流れで行います。
ハイライトは濃茶。
濃茶以外の他のことは、全て濃茶を美味しくいただくための準備です。
濃茶を美味しくいただくためのお湯をしっかり沸かすために、ご亭主が炭を整える炭手前。
空きっ腹にいきなり濃茶は刺激が強いので、濃茶の前にお腹の中に少しの食べ物とお酒を入れます。
そして濃茶の後に一旦退室して座を清め、和やかに薄茶で〆る、と言った具合です。
余談ですが、茶懐石や料亭の懐石料理は豪華な和食のフルコース、というイメージを持っている方も多いと思います。でも本来茶懐石は、濃茶のための準備の料理だし、懐石という漢字をあてるようになったのは、禅僧が修行中に温石を懐に入れて寒さと飢えを凌いだことが由来と言われています。ということは、茶懐石はやっぱり「しのぎ」の料理なのでは、と思います。
お茶の世界では亭主の「祖飯を差し上げます」という挨拶で食事が始まります。
でも言葉とは裏腹に、料理の質も品数も、ついでにお値段も時代と共にどんどんレベルが上がってしまい、近年では何だかおもてなしの方向が歪んでいってしまっているような、複雑な気持ちになります。
利休箸ってどんなお箸?
懐石料理と茶懐石、別物だけど共通点ももちろんあります。
例えばお客様が使うこのお箸。
「利休箸」といいます。
利休さんが吉野の杉で一膳一膳箸を削って、それを用いて客人をもてなしていたので、この名前がついたと言われています。
両端が細く削られていて、真ん中が平たく削られているのが分かりますか?
この「中平両細」の形が利休箸の特徴です。
お店では漆塗りの箸なども利休箸として売っているところもありますが、基本的には杉製のものを指します。
料亭などでは、写真のように箸の真ん中に帯がしてある状態で席に用意されています。
余談ですが、この箸帯、簡単に綺麗に外すにはどうしたらいいと思いますか?
箸を捻って箸帯をねじ切ろうとする方が多いんですが、実はお箸を一本引き抜けば、するりと外れます。
箸帯を破るよりスマートですよね。
機会があればお試しください。
利久和えってどんな料理?
料理でも利休と名のつくものがあります。
その多くは、利休が好んだとされる「ごま」を使った料理。
料亭などのお品書きを見ると、「利休」ではなく「利久」と書かれていることも多くあります。これは「休む」という漢字が商売をするお店にとってあまり良くない、忌み字だからと言われています。
利久和え(ごま和え)に、衣や揚げ油に胡麻を使った利久揚げ、胡麻を散らした利久煮など。
(生麩と青菜の利久和え。和え衣は上にかけてあるので見た目が美しい。)
利休さんが胡麻を好んで料理に使っていたことから胡麻を使う料理に利休の名前を使うようになりましたが、実際のメニューや料理名は後世の人が考案したものが多いです。
ちなみに利休饅頭というおまんじゅうはまた別で、黒砂糖を使って作った餡を包んだおまんじゅうのことを指します。黒糖を使っているので大島饅頭とも呼ばれます。(確かにお抹茶との相性抜群!)
いろんな地域のいろんなお店が出しているし、手作りももちろんできます。
有名なのは山口県の吹上堂さんの「利休さん」かなあ。
(ふるさと納税のリンクしか貼れませんでしたが^^;
吹上堂さんのサイトからオンライン購入もできます。)
さいごに
今回はほんの一部ですが、和食の中でも千利休にゆかりのあるものに焦点をあててご紹介しました。
それにしても千利休、時代を超えて、ジャンルを超えて本当にいろんなところでその名前を目にします。
牛タンやさんとかホテルとか、海外でも絶対にRIKYUっていう名前の和食レストランやアジアンレストランもあるだろうなあ。笑
余談ですが、利休箸のことを調べていて、ふと「お箸があるならフォークもあるんじゃ?」と思って調べてみたら、ありました!
しかも煤竹製。
こういう和菓子用のフォークって、利休フォークっていうのね。
勉強になりました。
ちなみに利休スプーンや利休ナイフはありませんでした。
そりゃそうか。。。当時はないもんね。
もちろん、当時はこんなフォークもありませんでしたけど。笑
利休さんの時代は黒文字という、クロモジの枝を削った楊枝や取り箸を使っていました。
でもこういうものに名前が付けられるって、やっぱり日本文化はお茶文化、お茶といえば利休さんなんですね。